ヘッダーイメージ

FD研修

H.Lee Moffitt Cancer Centerにおける研修報告

研修期間2010年10月4日~10月8日
参加メンバー愛媛大学 東 太地(医師)
山口大学 湯尻 俊昭(医師)
報告者山口大学 湯尻 俊昭

中国・四国広域がんプロ養成プログラムとして米国フロリダ州タンパにあるMoffitt Cancer Centerにて研修した。今回の参加メンバーは愛媛大学 東 太地先生と私の2名でMalignant Hematology Program とBlood and Marrow Transplant Programを中心に研修した。

病院玄関前
病院玄関前

1日目(10月4日)

午前中、今週から研修を開始するInternational Scholarshipのメンバー(日本2名、ヨルダン1名、スウェーデン1名、イタリア1名)がモフィットがんセンターの概要の説明や建物の説明を聞いた。このセンターでは世界中から研修者を受け入れており、また医師だけでなく看護師、薬剤師、基礎研究者が、数日から数年の期間で研修している。当然、その研修者のためのオリエンテーションは日常的に行われ、このプログラムの窓口になってくれたNzuzi Gosinさんは極めてわかりやすい英語で、親切に対応してくれた。我々のプログラムは短期間であるため、彼女は関係部署と連絡してぎりぎりまで日程調整を行ってくれた。

午後はMalignant Hematology ProgramのClinical DirectorであるRami Komrokji先生に紹介された。彼は今回の研修のチューターとして面倒をみてくれた。その後に、Myeloma Section HeadのRachid Baz先生の外来を見学させてもらった。基本的に患者は各個室に割り当てられ、患者の近親者らが同席のもとで診察が行われる。また事前に看護師、Resident、Fellowらが問診、診察などを行っている。驚いたことに、医師はほとんどコンピューター端末に診療記録を入力することはなく、電話で口述筆記により入力していた。エビデンスに基づいた治療法の選択を行っていることは当然として、新規薬剤(たとえばボルテゾミブやレナリドマイド)を基軸とした併用療法、HDAC阻害剤などの臨床治験に入れるか否かは、コンピューター上で速やかにそのプロトコールの適格基準を満たしているかどうかをチェックしていた。治験の説明やインフォームドコンセントを取る作業は、医師以外のスタッフがかなりの部分をサポートしている様であった。医師はかなり専門的な説明を話していたため、どこまで患者は医師の話していることを理解しているのか疑問に思ったが、患者だけでなく家族も積極的に質問していた。

外来スタッフルーム
外来スタッフルーム
外来診療室
外来診療室

2日目(10月5日)

午前中、Hematology ClinicのCelleste Bello先生の診察を見学した。彼女は悪性リンパ腫の担当で、様々な問題を抱えたリンパ腫患者を診察していた。ここでは多くの患者は外来で化学療法を受けるため、日本であれば通常入院して治療するような患者、例えばリンパ腫の骨浸潤にて関節が破壊されたまま治療しているような患者などを外来で診察していた。最近、日本でも承認されたベンダムスチンとリツキシマブ併用療法がlow grade B cell lymphomaの標準的治療になりつつあると話していた。

午後からはモフィットがんセンター移植チームに今年からFacultyとして参加した日本人医師であるTaiga Nishihori先生について移植病棟を案内してもらった。このセンターは年間350-380件の移植が行われている全米有数の移植施設である。チームが2つに分かれていて37床の病棟を担当している。シアトルから来たAnasetti先生が中心となり一大移植センターを形成したとのことである。日本の事情とは大きく異なり、骨髄破壊的移植(いわゆるフル移植)患者は約3週間で退院するなど、日本では信じられないような短期入院である。無菌室は普通の個室で、病棟全体でHEPAフィルターをつけているようである。かなり緩やかな制限で、食事もほとんど何を食べてもよいとのことであった。

移植病棟
移植病棟

夕方5時からは軽食を食べながら、Malignant Hematologyの症例検討会が行われた。担当医のみならず、移植医、病理医、放射科医、看護師、薬剤師など約20人程度が集まって討議を行っていた。

3日目(10月6日)

午前中はRami Komrokji先生についてHematology Clinicを見学した。彼は骨髄異形成症候群(MDS)、急性白血病の担当で、特にMDSに関心があるようである。この分野では世界的に有名な血液内科医であるAlan List先生を紹介してもらった。彼はこのセンターの臨床部門のPresidentで、非常に多忙であるが、極めて紳士的な医師で、周りのスタッフから尊敬されていることがうかがえた。日本と同様に高齢者が多く、脱メチル化剤、レナリドマイド、エリスロポイエチンなどをlow risk MDS患者に積極的に使用していた。またいろいろな臨床治験に参加し、それを助けるサポートスタッフが多く存在することに驚いた。

午後からは同じくRami Komrokji先生について主に新患の対応を見学した。セカンドオピニオンにて他の施設からの紹介やPrimary Physicianからの紹介状にて、既に診断されている症例がほとんどである。ここでも既にFellowらが詳しい病歴や診察をして、方針についても議論していた。

今回外来見学した中で非常に印象に残っている症例は、急性リンパ性白血病を再発したエジプトからの移民患者である。外来で再寛解導入療法を行い、抗がん剤の副作用にて明らかに膵炎を起こし、腹痛と嘔気を訴えていた。日本であれば、当然入院して治療を行うと思われるが、患者の入っている保険の関係で治療のカバーができないという問題があることを感じた。米国の医療事情の現実的な問題を垣間見ることができた。

4日目(10月7日)

午前中は骨髄移植チームの回診を見学させてもらった。Attendingと呼ばれるメンバーが中心となり、Fellow、Physician Assistant (PA)、看護師、栄養士、薬剤師などが一つのチームとなってそれぞれの患者のところで回診をしていた。Fellowが患者のプレゼンテーションを行い、いろいろな質問や討議を重ね、その日の血液データや画像をチェックしながらすすめていく。英語が話せない移民患者も多く、通訳ボランティアも同行してスペイン語の通訳を行っていた。驚いたことに、患者は移植した翌日からリハビリとして点滴台を押しながら病棟内を散歩していた。移植患者のリハビリには積極的に取り組み、早期退院を目指していることがうかがえた。

移植病棟の病室
移植病棟の病室

午後からは再びHematology ClinicのJavier Pinilla-Ibarz先生の外来を見学させてもらった。彼は慢性リンパ性白血病(CLL)と慢性骨髄性白血病(CML)の専門で、当日はCLL患者2名の診察に同行させてもらった。非常に理解しやすい英語でFellowとMedical studentも同行していたが、教育的な内容を織り交ぜながら大変役立つ回診であった。症状のあるCLLではRFC(rituximab+fludarabin+cyclophosphamide)が第一選択薬としていた。保険に通っていないがレナリドマイドは良く効くことや、ベンダムスチンは有効であることを聞いた。

5日目(10月8日)

午前中はMalignant Hematologyの病棟回診に同行した。昨日の移植グループの回診と同様にAttendingを中心に、PA、Fellow、看護師、薬剤師などが同行していた。患者の部屋はすべて個室であり、白血病や悪性リンパ腫の化学療法後の状態の患者が多数入院していた。1つの病棟に約20人程度の患者が入院している。午前9時から12時まで、最初にコンピューター端末の前で患者のデータをみながらその日の患者の状態やデータをチェックして方針を決めている。その後、患者のベッドサイドに行き診察している。外来と同様に臨床治験が多数行われていた。回診には治験担当看護師も参加して、担当医とコミュニケーションを取っていた。

昼は、ヨルダンから見学に来ている教授と一緒に昼食を取りながら、Total Cancer Care (TCC)について説明を受けた。モフィットがんセンターにおいてはがん組織の保存を積極的に進めており、その組織を保存するための施設を造っている。膨大な臨床サンプルは今後のマイクロアレイやプロテオミクスなどの解析のために使い、当然のごとく臨床データとして患者の治療経過を細かくフォローしていく必要があることを強調して話していた。巨大なデータベースが構築され、将来の医学研究の大きな財産になる事が期待される。その後、他国の医学研究者(ナイジェリア、中国)とモフィットがんセンターでの研修について情報交換を行った。

夕方には移植カンファレンスに参加し、これから移植予定の患者の説明や移植適応の有無について討議した後、現在の患者の状態の報告を行っていた。このカンファレンスも様々な医療スタッフが参加していた。日本ではよく移植の適応について議論になることが多いが、比較的そのまま意見が通っている印象を受けた。その際に渡された移植患者リストに患者が入っている保険が明記されていた。これも国民皆保険である日本と異なり、こちらでは保険による制約があることがうかがえた。最後にClaudio Anasetti先生に挨拶をして、この研修を終了した。

まとめ

米国における代表的ながんセンターで行われている実際の臨床の現場を見聞することが出来た。モフィットがんセンターでは腫瘍別に細分化されており、私が専門としている造血器悪性腫瘍患者の治療自体には大きな違いはないように感じた。しかし医師をサポートしているスタッフに関しては、質的にも量的にも日本と比べ大きな差があるように感じた。現在の患者やその家族のために提供できる医療をよりよいものにするためのスタッフだけでなく、将来の医学・医療をさらにレベルアップするための臨床研究や基礎研究などをサポートする体制は、現在の日本の現状と比較して圧倒的な差を感じた。しかし、その多くの医療スタッフを雇うための資金はやはり大きな問題であり、米国の医療保険制度が多くの問題を抱えていることを今回の臨床研修の現場で感じ取ることが出来た。

最後に、この研修参加にあたりお世話になった中四がんプロ関係者の方々、山口大学医学部第3内科の皆さんに深く感謝いたします。そしてモフィットがんセンターでボランティアをしているReiko Hannibalさんには大変お世話になりました。ここで研修された方々は皆さんご存じと思いますが、彼女はボランティア精神にあふれた明朗快活な日本人女性で、この研修の最初から最後まで我々の面倒をみてくださいました。心より感謝の意を表し、この報告を終了いたします。

(左から) 私(湯尻)、Nzuziさん、Reikoさん、東先生

(左から) 私(湯尻)、Nzuziさん、Reikoさん、東先生

文責 山口大学医学部附属病院 第3内科 湯尻 俊昭

PAGE TOP