H.Lee Moffitt Cancer Centerにおける研修報告
研修期間 | 2008年3月24日~3月28日 |
参加メンバー | 川崎医科大学 平井 敏弘(医師)、平松 貴子(看護師)、中田 昌男(医師)、槇枝 大貴(薬剤師) 山口大学 瀬川 誠(医師) |
報告者 | 川崎医科大学 中田 昌男 |
中国・四国広域がんプロフェッショナル養成コンソーシアムのFDプログラムとして、平成20年3月24日~28日の5日間、アメリカ合衆国フロリダ州タンパにあるLee Moffitt Cancer Centerでチーム医療に関する研修を行う機会を得たので、その概要を報告します。
3月22日(土)
研修メンバーは医師3名(内科1名・外科2名)、看護師1名、薬剤師1名の総勢5名から成り、川崎医科大学から4名、山口大学から1名の参加であった。関西国際空港を離陸してからデトロイト経由でタンパ国際空港に着陸するまでの所要時間はおよそ17時間。関空ではにぎやかだった面々もさすがに疲れはかくせない。時差がマイナス13時間であるため到着したのは夕方の6時を過ぎていたが薄手のジャケットを1枚はおれば十分過ごせる程度の気温であった。Lee Moffitt Cancer Centerでfellowとして留学中の山内照夫先生と研修直前に連絡を取ることができ、わざわざ空港まで自家用車で迎えに来ていただいたのでスムースにホテルに入ることができた。
3月23日(日)
午後から山内先生の先導でLee Moffitt Cancer Center内を見学して回った。Lee Moffitt Cancer Centerは約160床を持つ開設20年あまりのがん専門施設である。入院病床数は少ないものの外来化学療法を受ける患者は約100人/日で、病院の隣には患者用の宿泊施設も用意されている。明るい色調で統一された院内には大きな窓から暖かな日が差し込み、アメニティも豊富でゆっくりと時間が過ごせるよう工夫されている。隣接する研究棟も広々としており、各ユニットが機能的に連携、共有し合えるよう配置されカンファレンスルームも充実していた。続いて車で数分の距離にあるTampa General Hospitalに向かった。公立の総合病院であるがLee Moffitt Cancer Centerの多くのfellowは週1、2回はここで診察を担当するという。Lee Moffitt Cancer Centerの外来化学療法室の分室もあり、患者の都合によりこちらで治療を受けることもできる。
3月24日(月)研修1日目
ホテルから病院まで車で約5分。毎日タクシーで病院に向かうことになった。9時に研修のcoordinateをしてくれるMs. Nzuzi Gosinと対面。にこやかな笑みで非常にわかりやすい英語を話してくれる。Lee Moffitt Cancer Centerでは連日世界各国から研修を受け入れているので研修のprogrammingはお手のものだが、受け入れが急であったことと期間が1週間の研修も初めてであり苦労したとのこと。しかし、あらかじめCVで各々の職種、希望する研修内容を伝えていたので5人に個別のprogramを用意してくれていた。
Orientation後、午後から医師3人はそれぞれ専門領域の外来診察を見学した。外来診察室は各臓器別にユニットが組まれ内科・外科の区別はない。外来部門に在籍する看護師は80名。まず、看護師が問診をして全身状態を把握し、続いて薬剤師が薬剤の有害事象の有無について評価する。二人の報告を聞いて医師は問題点を抽出し診察を始める。治療方針について討論が必要な場合は、すぐに内科・外科・放射線科、コメディカルが集まって現場でdiscussionが行なわれる。患者が担当科に移動するのではなく、医療者が部屋を訪問して診察にあたり方針を相談する、という意識付けが病院内に徹底しているのを感じた。このような診療体制は迅速な対応を可能にするだけではなく、情報の共有によってリスクマネージメントにおいても有用であろう。
一方、平松看護師と槇枝薬剤師の両名は緩和チームによる病棟roundに参加した。チームは緩和専門医師、専門看護師、薬剤師から構成され治療内容については日本と差はないが、患者の状態の評価を主に看護師と薬剤師が行い医師はその提案を受けて最終決定を下す役割にまわっていることが大きな違いと感じられた。
このように外来でも病棟でもチーム医療の中で看護師、薬剤師の果たす役割はきわめて大きい。看護師は豊富な医学知識を持っており血液検査の解釈や画像診断についても医師に劣っていない。薬剤師は投薬状況と検査結果を見ながら投与量の調整を行う。医療現場において診療にあたる医師とコメディカルは全く対等であることが印象的であった。
3月25日(火)研修2日目
Lee Moffitt Cancer Centerで年3回開催されるOncology Nurse Review Courseがたまたま25、26の両日に行われており、coordinatorのNzuziの配慮で聴講できることになったため平松看護師と平井医師が出席した。これはOCN(Oncology Nurse)の資格を取るうえで参加が必修となっている2日間コースのseminarで、院外からの参加者も多く2日目の最後には修了証が渡される。内容は、がんの基礎医学、病態生理からがん看護、緩和医療、さらにはprofessional performance & researchに至るまで多岐に及び、連日8時から17時までびっしりとプログラムが組まれていた。内容が高度であったこと、参加している看護師が非常に熱心であったことが印象に残った。アメリカでは看護師の能力開発システムや評価法が確立されており、資格を取ることが給与に反映されるためモチベーションは高い。資格とincentiveの問題は日本でも盛んに議論されるようになったが一朝一夕には解決しがたいと思われる。しかし学習意欲を満足させ診療内容を向上させるためには生涯教育が必要であることを強く感じた。
槇枝薬剤師らはcentral pharmacyで薬剤師業務について見学した。薬剤師は処方監査や疑義紹介、薬歴管理、患者指導など日本の薬剤師が実践していることに加え、処方設計、化学療法レジメンの作成と管理・評価などに従事し、その専門的知識を用いてチーム医療における重要な位置を占めている。薬剤の払い出しや注射薬の調剤はpharmacy technicianが行うため、薬剤師は処方監査や患者との面談、化学療法の説明などに専念することができ、薬剤師の本質的な能力を十分に発揮できる環境にあった。患者数に対する薬剤師の数が日米で大きく隔たりがあることをあらためて痛感することになった。また、薬学部の学生のconferenceでは薬理学の知識のみならず臨床的な知識を持つことが求められており、患者に近い位置での薬剤師のあり方が教育されていた。
3月26日(水)研修3日目
医師らは手術室の見学やTumor Boardに参加した。手術室内の風景は日本と差はない。ただ、ここでも診療科間の連携が印象に残った。未確診の膵頭部腫瘍の生検が行われていたが、生検材料を外科医が手術室の隣にある病理室に持って行き、その場で一緒に顕微鏡をのぞく。診断の断定に至らなかったため今度は病理医と内科医が手術室にやってきて術野を見ながら方針についてdiscussionする。日本ではめずらしい光景だ。
Tumor Boardは臓器ごとに週1回のペースで開催されている。参加しているのは内科医、外科医、放射線科医、病理医、看護師、薬剤師らで、どのboardも座るところがないほどの人数である。進行は日本と同じで各症例のpresentationを担当医が行いdiscussionが始まるが途中で病理医がcommentを入れることや看護師が積極的に質問している姿が印象的であった。
槇枝薬剤師は午前中hematology clinicや外来化学療法室で薬剤師の業務の実際を見学し、午後からは医師も加わって薬剤部におけるリスクマネージメントについての取り組みを聞いた。各種化学療法のレジメンを登録管理し、発熱性好中球減少症など緊急対応が必要となる場合の院内ガイドラインを作成するなどして治療法を標準化する努力が行われている。またincidentが発生した際にはすぐにnetworkを介して報告を受け数日内にはその原因を分析してannounceし周知徹底を図るという。いくら対策を講じてもincidentがなくなることは無く、対策を練ってしすぎるということはない、とBob Bradbury Pharm. Dr.は笑顔で語った。
この頃になると研修にも慣れ、空いた時間で施設内を散歩する余裕ができた。院内では、しばしばバザーが開かれており患者家族だけではなく職員も顔を出して掘り出し物を探している。外来棟のロビーや廊下では時にピアノやチェロが生演奏され患者の癒しに貢献していた。タンパには約5000人の日本人が在住しているということであったが、院内のgift shopにも日本人の方が2人ボランティアとして働いておられ、1週間を通じていろいろとお世話になった。
3月27日(木)研修4日目
平松看護師は看護師の新人教育、生涯教育について説明を聞いた。新人教育は専任のdirectorが企画運営を担当し、まず年間計画を立て6週間後に到達度を確認し方向修正を加えるという。生涯教育はさまざまな講習会のほかにWebによる自己学習もできるよう外部企業と契約しており450ものコースから興味のある項目を選択することができる。経費はLee Moffitt Cancer Centerが負担する。アメリカでは看護師のclinical ladderが確立しており、各看護師は自らのlife styleと目標に応じてcarrier upを目指している。
午後は全員でアメリカでの卒後研修制度について説明を受けた。Medical oncologistにしてもsurgical oncologistにしてもcertificationを取ればどうなるか、取るためにはどうすればよいかが明瞭に示されているため目標を立てやすく教育方法も理にかなったものである。教育する側も一定期間教育に専任できるシステムがあり、教育が実績として評価されることが日本との大きな違いであると感じた。
3月28日(金)研修5日目
いよいよ研修最終日。医師ならびに看護師研修制度のmanagementを統括するDr. LetsonとKathy McKinleyに面会した。日米で最も異なる点は評価システムが確立されているかどうかということであろう。研修医は指導医、看護師から評価を受ける一方、指導者も研修医から評価を受ける。看護師も同様である。資格試験に合格すれば年収に反映されるため、常に自己鍛錬に務め努力を惜しまない。それが組織全体を活性化することにも役立っている。しかし一方では、物事の処理能力が評価されるのに対し、評価に反映されない事柄、例えば長時間患者の訴えを聞くなどの行為がおろそかになる傾向もあるという話も聞いた。
まとめ
あっという間の1週間でした。最も強く印象に残ったのは、医師、看護師、薬剤師それぞれが専門的知識と技術をもって独立し業務を執行することで強い連携が生まれているということです。コメディカルの育成と教育、医師の意識変革がなければチーム医療は達成できないと強く感じました。研修メンバーは微力ながら日本に帰ってからこれらの問題に取り組もうと話し合いながらタンパを後にしました。研修を通じてLee Moffitt Cancer Centerのボランティアを含めた職員の方々が非常に友好的で親切であったことが今回の研修が充実したものになった大きな要因でした。是非、今後も当施設での研修を続けていただきたいと思います。
最後に、本研修に参加する機会を与えていただきました中国・四国広域がんプロフェッショナル養成コンソーシアムの皆様、プログラムの運営をしてくださった皆様、Lee Moffitt Cancer Centerの研修スタッフの皆様に心より感謝いたします。
文責 川崎医科大学 中田昌男