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FD研修

John Hopkings Singaporeにおける研修報告

研修期間2008年10月20日~31日
報告者岡山大学病院 犬飼 倫子(看護師)

今回私は、Johns Hopkins Singapore International Medical Centre(以下JHSIMC) にて2週間の研修をさせていただきましたのでご報告申し上げます。

今回の研修目的として

    1. 他職種がどのような方法で連携を取っているか
    2. 看護師は患者の症状をどのように評価し、実践に移しているか
    3. 看護師のスキルアップや生涯教育について

    以上の3点を掲げました。

     研修の焦点を同職種の看護師とし、より現場に近い形での研修を希望しました。JHSIMCのスタッフの方々に要望を取り入れたプログラムを組んでいただいたことで充実した価値ある2週間となりました。

    Ⅰ.研修の概要

    1週目は入院棟での研修、2週目は外来での研修が主となりました。初日に顔合わせが行われました。2週間どのような研修を行っていく予定か、JHSIMCの受け入れに対する姿勢などのお話がありました。その後、入院棟と外来の両方の施設を見て回りました。午後はInpatient Nursing Manager(病棟看護師長)より看護体制、勤務体制、看護業務、化学療法の概要等を説明していただきました。2日目からは入院棟で、Oncology Diploma(がん看護認定) を取得しているMs. Vivien Lim, RNがプリセプターとなって指導を受けることとなりました。その間にTumor boardへの参加、Medical Social Workerとの面談、看護リーダーミーティングへの参加、病棟患者カンファレンスへの参加をしました。

    化学療法用のポンプ
    化学療法用のポンプ

    同時に4つの点滴静注プログラムを管理できる。
    アメリカで使われているのと同じ型で
    シンガポールではJHSIMCが唯一。

    2週目は外来においてプリセプターMs. Yen Feng, RNについて幅広い化学療法患者の治療と看護ケア、患者教育を研修することとなりました。また蘇生術の講義が入院棟のスタッフに向けて計画されており、聴講しました。さらに隣接するシンガポール最初のホスピスDover Park Hospiceを見学する機会にも恵まれました。これはシンガポールの医療システムやがん患者を知る上で有益だろうとのMs. Sze Fui, RN, Nursing Educator(副看護師長)の計らいによるものでした。

    SPILLKIT
    SPILLKIT
    SPILLKITの中のセット
    SPILLKITの中のセット

    化学療法の薬剤がこぼれてしまうと
    これらの装備をして片付けを行っている。

    Ⅱ.シンガポールの医療とJHSIMCについて

    JHSIMCが自由診療で中東や近隣諸国からのがん患者を受け入れていることは、既にご存知と思いますが、中にはシンガポール国民や永住権を持つ人々もいます。

    シンガポールは、基本は全額自己負担での医療と政府援助下での医療との2つの体制から成り立っています。それを支える個人の医療費貯蓄としてMedisaveというものがあります。日本の皆保険のような制度で、給料の20%を将来の医療費に備えて自動的に貯蓄されます。これは雇用されている労働者のみで自営の方などにはなく、自分で貯蓄したものを自分や家族に使用するといった制度です。そのためシンガポール国民と永住権を持つ人々でも、がんに罹患し医療費を自己負担できる場合はJHSIMCに紹介になるというシステムが成り立っています。反対に、JHSIMCの患者であっても長いがん治療の結果、政府からの援助を得なければならなくなった患者はダウングレードしてTan Tock Seng Hospital(以下TTSH)での治療を受けることになります。

    政府からの援助を受けるには、個人、家族の財政に様々な条件があります。また一旦政府援助が決定してしまうと医療の面でも主治医を選べなかったり、使用できる薬剤が制限されたり、入院環境に様々な制約がもたらされることとなります。実際にTTSHの一般病棟に見学に行きましたが、6人1室のドアのない部屋で、シンガポールの蒸し暑い環境の中、エアコンなしで闘病生活を送っていました。またTTSHの中にある外来化学療法室は狭い4畳ほどのスペースに10人以上の患者が点滴治療を受けており、JHSIMCの外来化学療法室との大きな差を実感しました。

    Ⅲ.看護師からみた他職種との連携

    1.医師

    毎日医師の回診がConsultant毎に行われ、受け持ちの看護師は回診に同行します。回診は患者一人ひとりにじっくりとした時間をかけて行います。回診時に投薬の変更や治療法の説明が行われたりするため、すばやいコミュニケーションが可能と思われました。毎週金曜日夕方に行われるCase Reviewではすべての医師が参加し、患者についての報告・方針が話されています。Nursing ManagerとNurse Educatorが参加し直接現状や治療方針を聞くことができます。また毎週木曜日に行われるDischarge meetingは、話し合いというよりは共通認識を持つという意味合いでの開催が大きいように思われました。毎週すべての患者についての方針と入院期間予定が話され状況による変化に対応していました。これはMedical officerからの説明でしたが、看護師、薬剤師、Medical Social Worker(MSW)と多くのスタッフ間での患者方針への共通認識に貢献していると感じました。これらのことはJHSIMCの基本理念の上にさらに、自由診療であるために患者数に絶対的なゆとりがあり、時間をゆっくりとかけられることもそのような環境を作っている要因であるといえます。

    2.Ms. Anna Toy, MSW

    上記に書いたように毎週Discharge meetingに参加しているので患者の様子を知ることができていました。問題となる患者に対しては迅速な対応がなされていると感じました。同じフロアに彼女のオフィスがあり常駐しており、普段から顔を合わせていることが物理的にも密接な関係をもたらしていると思います。実際に化学療法中に肺炎を合併しICUに入室していた患者が、水曜日に帰棟しましたが、翌日木曜日には既に家族との話し合いがなされている記録があったことには驚きました。挿管を拒んでいた患者とそれを支持する家族、治療を続けたいTTSH呼吸器内科の医師、どのような治療方針が患者にとって最適か葛藤していたJHSIMCの医師・看護師の仲介役を担っていました。自由診療だからこそ患者や家族は治療方針に加えて、財政的な問題もあり意思決定に葛藤、苦難するようです。そこでMSWの経済面での知識を持つ第3者的な立場は医師・看護師・薬剤師から大変重要視されている様子が伺われました。

    3.薬剤師

    Pharmacy managerは外来におり、入院棟にも薬剤師1人が日中の時間帯は常駐していました。MSWと同じように常に近くにいる存在であり、疑問が生じた時にすぐ解決できる環境にあることは大変円滑な連携に貢献していました。

    Ⅳ.プリセプターMs. Vivien Lim, RN

    彼女は31歳で、約1年前にOncology Diplomaを取得しています。3年の看護教育を経てRegistered Nurseになった後TTSHに就職。一般外科での経験を積む一方、TTSHのがん患者に化学療法を施行するにあたってJHSIMCで研修を行ったようです。その中で、がん看護に興味を持ち認定を取ることにしたと言っていました。がん看護認定の為の研修は10ヶ月間でその間には、数え切れないほどの症例研究とプレゼンテーションを繰り返し、研修を終了したようです。

    シンガポールのがん看護認定制度には、日本のような更新制度はありません。日々変化するがん医療について自主的に勉強していく必要があるということで個人にまかされているようです。

    彼女は資格取得後のJHSIMCへの入職になるため、JHSIMCでの経験は浅いですが、がん看護エキスパートとして新雇用スタッフに対する指導、就職希望者への面接をNurse managerと共に施行していました。また私に対する指導も経験から気持ちが分かると多くの配慮をしてくれました。指導方法は、まず問題を提起し、考える時間を与えた上で、答えを導き出す手がかりを与え続けるといったものです。JHSIMCの新雇用者はがん看護の経験はないけれども看護師としてのキャリアを備えた看護師なため、同様に扱ってくれている様子でした。単なる研修に来た看護師としての位置づけではないことを実感し大変嬉しく思いました。『考えさせる』。この方法は、教育をする上で最も重要な方法であると考えます。今回看護師としての経験を経て再び指導される側を経験できたことで、病棟で指導する側として相手の側に立った指導に役立てることができると確信しています。

    彼女の他、働いている看護師のほとんどは2人、3人と子どもがいる母親という立場でした。このことには大変驚かされました。シンガポールの育児休暇は出産後4ヶ月であり、ほとんどのスタッフが元の勤務へと戻っていきます。もちろん12時間シフトの2交代もこなしています。シンガポールでは働く母親は当たり前のことでありますが、他国からの労働者を乳母として迎え入れている事情もあります。生活環境も価値観も異なる日本にすぐに適応できる問題ではありませんが、仕事と家庭生活の両立ということで、看護師がスキルアップを目指すという環境において大変恵まれていると言えます。

    V.まとめ

    今回の研修は、帰国後すぐに取り入れることのできる細かなことから、今後の看護教育に関わってくると思われることまでたくさんのことを学ぶ機会となりました。病棟では指導されることよりも指導することの方が多くなっていますが、私が学ぶ姿勢がさらに若い看護師の手本になればと思っています。

    自分自身のことで言えば、私は一度大学病院を辞職しアメリカ合衆国で生活した経験があります。この経験がどのように今後の人生や看護師としてのキャリアに生きるのかは未知数でありましたが、このような研修の機会へとつながりました。多くの場面においてスタッフと直接コミュニケーションを取ることができるという形で役立てることができました。また研修中だけでなく、JHSIMCの看護師の方々と仕事の後も一緒に過ごすことによって、実際にどのような生活をしているのか、シンガポールの生活を肌で触れて感じることができました。そして彼女たちの看護観を理解する手助けにもなりました。こういった時間の共有はお互いに関心を持つことにつながり、より研修がスムーズに進んだように思います。

    Ms. Elizabeth Lada Morse, Director of Nursing(看護部長)は最後に日本の病院がシンガポールに研修に来るように、こちらも日本の病院から学ぶことができればよりよい発展につながるとおっしゃっていました。もっとも多く直接的に患者ケアにあたり、人数の多い看護スタッフには変えていく力がある、と力強く述べられ、すべての看護スタッフが1つの役割を持っているCouncil(委員会)について説明してくださる姿には感銘を受けました。

    今後も今回の研修で縁を持つことができたスタッフの方々との関係を保ち刺激を受けつつ、研修で学んだ知識、姿勢を今後に生かすよう日々努力したいと思います。

    Ⅵ.おわりに

    最後になりましたが、私のような者に快く研修の機会を与えてくださった中国・四国広域がんプロ養成コンソーシアムの関係者の皆様、様々なお世話をしてくださった事務局のみなさまに、この場をお借りして心よりお礼を申し上げます。またたくさんのご指導を頂きましたJohns Hopkins Singapore International Medical Centreのスタッフの皆様に深謝いたします。

    岡山大学病院 看護師 犬飼 倫子

    シンガポールは、お互いの宗教や生活習慣を尊重しあう多民族・多宗教国家です。中国系が人口の77%を占め、マレー系が14%、インド系が7%、残りがユーラシア系(欧亜混血人)、アラブ系その他となっています。

    中国、マレー、インド、ヨーロッパなどの東西の多様な文化、言葉、宗教が渾然と調和しあって、この国独特の雰囲気をつくり出しています。

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