Stanford university medical center, Cancer Center研修報告
研修期間 | 2008年2月21日~29日 |
参加メンバー | 岡山大学 足羽 孝子(看護師)、石川 貴子(看護師)、高樽 由美(看護師) |
報告者 | 岡山大学 山辻 知樹 |
スタンフォード大学はサンフランシスコから約1時間南へ下ったところにある米国屈指の歴史と伝統を有する総合大学で、数多くの著名な学者や政治家を輩出しています。その中で特に有名な医学部は、広大な敷地内で基礎から臨床まで広い範囲の研究と教育が行われており、またスタンフォード病院がんセンターとがん看護教育は米国でも有数のシステムと人的・物的リソースを誇っています。このがん看護の本場へ中四国がんプロから3人の看護師が派遣されました。
2月21日(木)
研修初日、緊張した3人の前に笑顔で現れたのは、これから1週間私達を担当してくれる看護師Mary(写真1向かって左から2人目)でした。学生の時はジャーナリストを志していたというMary Visceglia, RN, BSN, OCN Interim Nurse Educator for Oncologyは、がん病棟での看護師や学生に対する全ての看護教育を専属で担当しています。
スタンフォードで最も驚かされたのは、看護教育に関して、Jim Stottsという看護教育専属の部長(写真1中央)をトップに、病院全体のがん看護全てを統括するTammy Baltic、そして私達を担当してくれたMaryや、一般病棟、腫瘍外来までどこでも教育専属のスタッフが配置されており、最適のプログラムをいつも考え、実行しているのです。
Maryは日本から訪れた3人の看護師のために、がん化学療法病棟、骨髄移植病棟、外来がんセンターで個別のプリセプターにつき、別々に各部署をローテーションする研修計画を組んでくれていました。初日午前から、石川さんはがん化学療法病棟でプリセプターのShirleyから担当患者に各種薬剤を準備して実際に投薬するまでの指導を受け、Drチームの回診やカンファレンスにも参加しました。高樽さんは忙しいがんセンター外来化学療法室で、足羽さんは骨髄移植病棟で担当看護師からの個別指導を受けました。今回スタンフォードが準備してくれた研修内容、すなわちベッドサイドにてマンツーマンで行われる実地研修の内容をこなすためには、単なる海外旅行用の日常会話を超える高い英語力と、がん治療に対する臨床知識が要求されます。全く初対面の私達のためにこんなすごいカリキュラムを用意してくれたことに驚くと同時に、このままではこのプログラムについていけないのでは、という不安が全員の中によぎりました。
午後からはがんセンターのトリアージナース Debraの担当です。サンフランシスコからサンノゼまでカリフォルニアの広い範囲をカバーするスタンフォードでは、外来フォローしているがん患者のフォローアップのため、専属のスタッフによる電話相談を受け付けています(写真2)。この電話の内容を判断し、緊急受診が必要か、あるいは服薬などで対処可能かどうかを判断する重要な役目がトリアージナースDebraの仕事です。
この後も外来がんセンターで乳がん, 消化器がん外来看護師からの指導が続き、夕方には皆心身ともにくたくたでした(写真3)。
2月22日(金)第2日
朝からMaryによる米国の看護師資格取得、認定制度についての講義です。看護師(RN)達がここスタンフォードでどのような教育を受け、キャリアをつんで認定看護師(Certified Nurse)を取得していくか。さらにCNS(Clinical Nurse Specialist)の役割や、ほとんど医師と変わらない業務を行う(事実病棟では見分けすらつけにくい)Nurse Practitionerについての話を聞きました。
その後、スタンフォードがんセンターの基幹施設のひとつである放射線治療センターの見学を行いました。ここではRadiation Oncology担当の看護師Linda Glattが放射線治療時の看護の実際とサイバーナイフについて、わかり易い英語で丁寧に説明をしてくれました。午後からは脳神経専門外来の見学を行い、脳腫瘍の治療とその看護の実際についての説明を担当看護師Lynnから受けました。
2月23日(土)と24日(日)
予想以上の厳しいスケジュールのため窮地に追い込まれた3人にとって、実はこの週末が本当に救いでありました。疲労困憊の3人でしたが、早朝からCaltrainでサンフランシスコ市内へ出かけていきました(写真4)。有名なフィッシャーマンズワーフからアルカトラズ島へ渡り、そのあとチャイナタウンで年に一度の有名な旧正月大パレードを見物しました。あいにくの冷たい雨模様ではありましたが、耳をつんざく本物の爆竹と華やかなネオンパレードの連続で、やや落ち込みムードであった私たちのチームは本来の元気を取り戻したのでした。
Palo Altoでの私たちの宿舎Cardinal Hotelは1920年代操業当時の内装をそのまま残しており古きよきアメリカを色濃く残すとても素敵なホテルです。各部屋の天井にはゆったりと古風なファンが回っており、ベッドやタンスなどの家具も歴史を感じさせます。ここのロビーでホテルオリジナルブレンドのコーヒーを飲みながら月曜から始まる病棟研修への不安を意気込みに変えていったのでした。
2月25日(月)
今日からは看護師病棟勤務の時間に合わせて朝7時から研修開始です。これまでの研修状況を踏まえ、すなわち指導看護師とのコミュニケーションの問題を解決するため、Maryはカリキュラムの大幅な見直しを提案してくれました。個別にプリセプターにつく方式はそのままで、山辻が個々をサポートして必要な通訳をするために、3人が同じ病棟で研修できるスケジュールに組み替えてくれました。今日はF-ground(Hematology&Oncology)病棟にて3人別々のプリセプターナースにぴったりついて一緒に当日の受け持ち患者の検温や内服薬の確認・準備・投与、化学療法のチャート確認・準備・投与、各種アセスメントなどを実際に行いました(写真5-8)。
看護業務のIT化がかなり進んでおり、看護師がベッドサイドに持っていくコンピュータ(写真9)に体温計・血圧計・酸素飽和度のプローブなどが直接つながっており、バイタルサインが直接電子カルテに取り込まれます。また、各種薬剤は指紋認証でロックが解除される薬剤棚の中に患者別に正確に区分・管理されています(写真10)。
スタンフォードでは化学療法のレジメはフェローと呼ばれる医師(研修医ではない)によって作成され、これがスタッフ(指導医)によって確認、サインをされた後、オーダーされます。そこで薬剤師がこれも2人別々にチェックを行い、サインをします。病棟に薬剤がくると、2人の看護師がその内容に間違いがないか、全く独立して再度計算して、サインを行います。すなわち一つの化学療法が行われるために医師2人、薬剤師2人、看護師2人の計6人の専門職が別々に薬剤の種類と量を確認、サインを行うことになります。なかなか日本ではまねできないな、と思っていましたが、帰国後岡山にある某病院でも6人での確認を実行していることがわかり、実は自分達だけが遅れていることを痛感しました。
2月26日(火)
本日はe-1(骨髄移植病棟)実習です。ここでは2種類のミーティングに参加しました。
一つは入院患者ミーティングで、医師、看護師、薬剤師、栄養士、ソーシャルワーカーが参加し、病棟の全患者について重要な情報交換とその治療方針について議論が行われました。
もう一つはDischarge meeting(退院ミーティング)で、リーダーナース、ソーシャルワーカー、外来薬剤師、ケースワーカー、コーディネーター、牧師(!?)が退院予定の患者について情報を交換し、その後の方針について話し合いが行われました。病室ではプリセプターナースと一緒に骨髄移植患者のケアを実際に行い、また、がん専門看護師から患者への骨髄移植前のインフォームド・コンセントにも立会い、さらに骨髄移植後患者の退院時指導の実際をも見学しました。
2月27日(水)
今日も朝7時からF-groundにて実習です。各人前回と異なるプリセプターについて、受け持ち患者のケアや投薬を一緒に行いました。この病棟でも入院患者ミーティングに参加しました。すごいボリュームのサンドイッチセットを歓迎昼食会としてご馳走になりました。午後からは、スタンフォードで働く日本人薬剤師岡田先生から、米国での薬剤師の現状について講義を(よかった!日本語で・・・)して頂きました。その後、米国最大手の精子バンクの職員から化学療法前の精子保存についての説明を受けました。
これらのきめ細かい講義スケジュールは全てMaryが私達のためにセッティングしてくれたものです。また、その講義が私たちのためになったか、私たちの希望に沿うものか、いつも問いかけてその後のカリキュラムへフィードバックしてくれるのです。夕方は消化器ユニットで行われたGI Tumor Boardにも参加し、この日の研修を終えました。
2月28日(木)
この日は丸一日がんセンターで実習です。病院全体のがん看護全てを統括する立場にあるTammy Baltic, RN, AOCN, MSからの話は今回の私たちにとって最も印象に残るものの一つでした。がんセンターの一角にあるTammyのオフィスで、スタンフォードにおけるCNS( Clinical Nurse Specialist)の役割とがん専門看護師教育について、静かな中にも熱い情熱が感じられる話を聞きました(写真11)。教育、臨床、研究全てに熱心で、人間的にも魅力のある彼女に対してそのモチベーションの源をたずねたところ、素敵な笑顔で“I love oncology.”と答えられたのには非常に感動しました。
午後からは化学療法をうける患者とその家族に対して治療の実際と副作用、サポートシステムなどの説明を行うPatient Education Classに参加しました。一人の患者とその娘に対して、患者教育専任の看護師がPowerPointとプロジェクターを用いて、まず「がんとは何か」にはじまり、その診断、治療の流れ、考え方や選択肢について約1時間半の対話式の講義が行われました(写真12)。どのようにしたらこのように手厚い患者と家族に対するケアが実現され得るのでしょうか。
2月29日(金)
いよいよ最終日です。私たちのMaryからの最終講義は、私たちからのリクエストで、病棟における看護師教育そして患者教育の実際についての話でした。その後、緩和ケア担当看護師Judyからの話を聞きました。
乳がんTumor Boardに参加しましたが、これまで参加したBoardと異なり、非常にgentleな会で、乳がんの権威Robert Carlson教授から「日本ではこの症例はどう治療されますか?」と意見まで求められました。
最後はカフェテリアでMaryとトリアージナースのDebraにお礼とお別れの挨拶をして(写真13)、私たちのスタンフォード研修は終わったのでした。
はじめは本当にどうなることかと思われましたが、Maryをはじめ優秀なスタンフォード教育スタッフの機転と配慮、そして3人の適応力とバイタリティにより、本当に貴重な経験を得ることができ、予想以上の素晴らしいFD研修を行うことができたと思います。もちろんシステムが違いすぎてすぐに日本には取り込めないことも多いのですが、看護師やスタッフに対する教育の重要性、専門性の高いスタッフによる業務分担、そして綿密に時間をかけて行われる患者教育など、今後私たちの業務に対するものの見方、考え方を大きく変えたことは間違いありません。
この研修を実現させて下さった中四がんプロの先生方とスタッフの皆さんに心より感謝の気持ちをこめて、この稿を終えます。
文責 岡山大学 山辻知樹